中小企業ECの裾野拡大 ~BASE社が提供するバリュー・チェーンとバリュー・システム~

バリュー・チェーンは、1985年に、当時ハーバード・ビジネススクール教授のマイケル・ポーター氏が著書『競争優位の戦略』にて提唱したことで、社会に広まりました。企業内活動の分析を基礎概念としており、この分析において重要な主要概念である「価値連鎖」という言葉が一般的には有名です。
また、ポーター氏は企業間をまたがる大きな活動群をバリュー・システムと呼んでいます。つまり、それぞれのバリュー・チェーンが連結したものが、バリュー・システムになるということです。

バリュー・チェーンは、自社と他社の事業を機能別に分類した上で、各工程でどのような付加価値が生じているのかを分析するためのフレームワークです。
このフレームワークを用いて自社の課題や強みを各機能に抽出することで、市場優位性を築く差別化戦略を検討し、実行に移しやすくなります。

今回の2019年末からのCOVID-19によるパンデミック発生により、世界各地でサプライチェーンが崩れ、各企業はビジネスモデルの再構築を迫られました。今までの常識が通用しなくなり、これまでのビジネス上の前提条件を基にした戦略を継続したビジネス展開では、衰退や事業閉鎖、倒産が免れない状況となりかねず、経営危機に追い込まれている企業も多くなっていると思われます。

特に中小・零細企業のビジネス環境は厳しい状態です。景気動向を分析している日銀短観においても、短観指数のマイナス幅が大企業・中堅企業よりも著しく悪く、景況感が酷い上に回復も鈍いものとなっています。

    日本銀行 日銀短観 主要時系列統計データ表 https://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/mtshtml/co_q_1.html
(グラフは日本銀行ホームページを参考に筆者にて作成)

そのような厳しい経済状況下ではありますが、経済産業省が2020年7月に発表した「令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)報告書」においては、国内EC(電子取引)市場は順調に伸長しており、パンデミックが起きる前の2019年時点で、国内物販系分野におけるEC化率は、6.76%にまで到達しています。
今回の外出制限がかかる状況下においては更に需要が増加していることが確実であるため、2020年の調査結果ではEC化率が急上昇していることは、間違いないでしょう。そのため、今後の企業生き残りのためには、可能な限りECを取り入れることが必須であり、重要となっていきます。

なお、EC化率は、各産業における全商取引内での電子商取引の金額構成比で割り出されます。

(例)全産業の取引金額 100億円 EC取引額 5億円
100億円 ÷ 5億円 =  EC化率 5%

   (出典:経済産業省 ホームページ)
令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)報告書
https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200722003/20200722003-1.pdf

また、実際に集客に成功しても、ECとしてサービスを利用しようとした際に決済手段が面倒である場合、利用者はそこでサービスの利用を止めて、他社に乗り換えてしまうことが挙げられます。現在では、これまでのクレジットカード決済に加えて、PayPayやAmazon Payなど電子マネーによる決済手段も増えてきており、決済手段も多様化しています。

ただし、実際に企業がネットショップを開設するには、それなりのハードルがいくつかあります。簡単に述べると、下記の4つ(物販の場合は5つ)が挙げられます。

  ①ネットショップ自体の作成
  ②作成したネットショップの、ECサイトへの登録と登録後の販売促進活動
  ③決済手段の確保
  ④資金調達
  ⑤商品輸送(物販の場合)

このような煩わしさを解決するサービスを展開して現在急成長しているのが、2019年10月に東証マザーズへ上場したBASE社です。

BASE社は、著名なタレントをCMで起用して大量出稿したことで話題を集め、一躍有名になりました。無料のネットショップの開設サービスが有名ですが、実はビジネスモデルとして優れているのが、それに付帯するサービスです。こちらが競合他社と比較して競争力の源泉となっています。
BASE社では、ネットショップの開設にあたり、下記のような付帯サービスを提供しています。

  ①BASE … ネットショップの開設サービス
  ②ショッピングアプリ BASE … BASE社が提供するECサイトアプリ
  ③YELL BANK … 資金調達用の金融サービス
  ④PAY.JP … オンライン決済サービス
  ⑤PAY ID … 購入者向けのID決済サービス

このことから、前述のネットショップ開設時にハードルとなる4つ(物販の場合は5つ)の項目のうち、物流を除く4つの項目について、BASE側で提供できる状態になっているということです。では、これらのサービスと利用者の関係について、バリュー・チェーンのフレームワークを用いて可視化してみます。

このBASE社のバリュー・チェーンの特徴は、共創という点が挙げられます。
実際にバリュー・チェーンによって可視化すると、バリュー・チェーンの上部(赤い点線の内側)がサービス利用企業の行うことであり、バリュー・チェーンの下部(青い点線の内側)をBASE社が行うことで、利益・マージンを分け合うという、綺麗な役割分担がなされていると捉えることができます。

BASE社のビジネスモデルは、サービス利用企業のネットショップ開設から販売、そして資金調達から決済までを一連の流れについてプラットフォームとして提供し、サービス利用企業の成長に合わせて自社も成長していくビジネスモデルになっているというところが、特徴的です。
実際に、資金調達サービスのYELL BANKでは、商品・サービスの販売が確定するまでは資金負担がないという従量課金型の請求方式となっており、企業者側の初期負担をできる限り抑える試みがなされています。

また、BASE社は一連のサービス提供により、最初の段階からサービス利用企業の囲い込みを行っているため、スイッチングコストを考慮すると、サービス利用企業は今後も継続的にBASE社のサービスを利用し続ける可能性が高いという利点があります。更に、2019年の物販系分野でのEC化率6.76%ということを鑑みると、ある程度のサービス利用企業の実績を蓄積していくことで、ネットショップをこれから開設したいと考える潜在顧客への浸透を図ることが可能となり、今後も相当な事業拡大が見込まれるEC市場においてのBASE社自身の潜在成長力も高めていけます。

つまり、BASE社自身のバリュー・チェーンを複数の企業に提供していくことで、いつの間にかBASE社起点のバリュー・システムが社会に構築されていくということになります。
そのため、BASE社は今後も新規サービス利用企業のバリュー・チェーンを増やし続けることで、既存バリュー・システムが継続的に強化されていくという、ビジネスモデルの好循環が生まれていくことになるでしょう。そして、その過程で新たなサービス需要や提供サービスの拡充が図られることとなり、BASE社の市場シェアも上昇していく可能性が高まっていくはずです。

このBASE社の事例からわかることは、自社の経営戦略としてプラットフォーム型のサービスを検討している場合には、自社のビジネスモデルがバリュー・チェーンとバリュー・システムとして、きちんと行えるような体制が組まれていることが、成功のカギになるということです。

机上の空論だけではビジネスはできませんが、そもそも机上の空論すらできていない状態で経営戦略を構築するのは、成功確率を落とすのと同時に、戦略の成功や不具合が起きた時に、どの機能がカギとなっているのかについて検証すらできなくなります。
自社のビジネスモデルを改めてバリュー・チェーンとして可視化してみると、これまで気づいていなかった強みや弱みを発見することが可能となるため、一度、フレームワークとして作成し、可視化して自社のビジネスモデルを検討してみることをお勧めします。

 

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