紳士服業界の意地を見せるか 次世代型ビジネススタイルの提唱  ~ AOKIの新生活様式大作戦 ~

紳士服業界大手のAOKIが、感染症問題に伴う新生活様式に合わせた新商品を発売し、大ヒットとなっています。

1着4800円、AOKIの「アクティブワークスーツ」が滑り出し好調

AOKIが2月1日に予約販売を開始した「アクティブワークスーツ」が好調な滑り出しを見せている。1着4800円という手頃な価格設定と、ストレッチ性のある素材を使った快適な着心地を打ち出した新商品で、予約販売開始から3日間で予定数量に達したという。現在は追加予約を受け付けているが、一部サイズは完売状態となっている。

アクティブワークスーツはスーツ工場の技術を活かした立体縫製が採用されており、長時間着ていても疲れにくく、アクティブな着用シーンでも快適な着心地を実現。ストレッチ性に優れ、自宅でも洗えるオリジナル素材を使用し、パンツはウエストが伸縮する仕様に仕上げるなど、気軽に着られる機能性も重視したという。黒1色の展開で、S、M、L、LLの4サイズを用意している。

AOKIでは以前からシーンを選ばずに着られるスーツに対する要望が届いていたという。アクティブワークスーツの構想には約1~2年を費やしたが、新型コロナウイルス感染拡大以降の新生活様式に対応できるスーツへの需要に即応するため、企画のスタートから約3ヶ月で商品化した。
予約販売は好調に推移しており、追加分も完売に近い状態だという。2月6日時点ではジャケットとパンツともにSとLLは品切れとなっている。AOKIは「想定以上の予約をいただいている状況」と説明し、追加生産に向けて準備を進めている。
予約販売期間は2月19日まで。2月20日からはAOKI一部店舗で順次発売する予定で、3月中旬以降は商品ラインナップを拡充する計画だ。また、同社はアクティブワークスーツの販売を機に4800円のスーツのラインナップを拡充していくという。

(ヤフーニュース FASHION SNAP配信記事)
https://news.yahoo.co.jp/articles/1c0d681522f6ed596f3036d

 

 

元々、感染症問題の発生以前から紳士服業界は逆境に見舞われていました。
それは就業人口の減少や、クールビズ、ビジネスカジュアルの導入が浸透し、スーツなどの紳士服需要が減少傾向になっていたためです。
紳士服業界もクールビズやビジネスカジュアルの商品構成を増やして顧客を繋ぎとめていたものの、これらの商品は紳士服と比較すると低単価商材であることは否めず、結果として売上高は伸び悩むこととなってしまいました。

そのような状況の中、2020年に感染症問題が勃発したことによって、テレワークが積極的に奨励・導入され、ビジネスカジュアル需要までもが消失する事態となったことで、紳士服業界は存続の危機に立たされることとなります。
紳士服業界の大手企業は、軒並み赤字決算となっています。実際に、今回の記事で取り上げるAOKIも、大幅な赤字決算となっています。

紳士服「AOKI 9か月間の決算 過去最大114億円の赤字に

紳士服大手「AOKIホールディングス」の去年12月までの9か月間の決算は、新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が増え、スーツの販売が落ち込んだため、最終損益が114億円の赤字でした。9か月間の決算としては過去最大の赤字です。
発表によりますと、去年4月から12月までのグループ全体の売り上げは前の年の同じ時期より25%減って946億円、最終的な損益は114億円の赤字と9か月間の決算として過去最大になりました。

新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が増え、ビジネススーツの売り上げが大きく減少しました。また、ブライダル事業やネットカフェの事業も落ち込みました。一方、4月からの新年度を前に、例年、2月と3月はスーツの販売が大きく伸びることを見込んで、来月までの1年間の業績の予想は変えず、53億円の最終赤字という見通しを据え置きました。
会社は、在宅勤務でも着やすい伸縮性のあるスーツの販売を強化するほか、店舗の一部をシェアオフィスとして貸し出す事業などを始めて収益の改善をはかる方針です。

(2021年2月5日 18時03分 NHKニュース配信記事)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210205/k10012851871000.html

このように、紳士服業界は需要喪失に伴う市場消滅危機に晒されています。このままでは、紳士服業界は縮小均衡による企業衰退が免れないでしょう。

そのような中、紳士服業界大手のAOKIは、新たな市場開拓と顧客創造に果敢に挑もうとしています。
このAOKIの試みについて、今回はビジネスモデルキャンパスというフレームワークで説明していきます。



ビジネスモデルキャンパスは、アレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールによって開発された、ビジネスモデルの構造を可視化したフレームワークです。
新規事業の立ち上げや既存事業の確認の際に、そのビジネスモデルが正しく設計されているのかを精査・修正するのに役立ちます。

ビジネスキャンパスは、下記の9つの要素で構成されています。


<構成要素>

① 顧客セグメント(CS:Customer Segments⇒価値提供の対象者と、最重要顧客が誰なのかを記述します。

② 価値提案(VP:Value Propositions)⇒顧客セグメントごとに、何の価値を提供して、どのニーズを満たすのかを記述します。

③ チャネル(CH:Channels)⇒顧客セグメントごとに、どのチャネルを通じて繋がり、どの価値を提供するかを記述します。

④ 顧客との関係(CR:Customer Relationships)⇒顧客セグメントごとに、どのような関係を構築するのかを記述します。

⑤ 収益の流れ(RS:Revenue Streams)⇒顧客はどのような価値に、どのような対象に、どのようにお金を払っているのかを記述します。

⑥ キーリソース(KR:Key Resources)⇒ビジネスモデルの実行に必要な資産と、価値を提供するのに必要なリソースは何かということを記述します。

⑦ 主要活動(KA:Key Activities)⇒ビジネスモデルを実行するための重要な活動や、価値を提供するのに必要な主要活動は何かということを記述します。

⑧ キーパートナー(KP:Key Partners)⇒ビジネスモデルを構成するサプライヤーやパートナーの関係性について記述します。特に代替できない協業相手を記述します。

⑨ コスト構造(CS:Cost Structure)⇒ビジネスモデルを実行するために発生するコストを記述します。このコストを確認することで、活動内容や資源・資産の見直しを検討し、修正していきます。その際には、固定費と変動費を分けて考えると内容をより精緻化できます。


では、これらの要素を基に、今回のAOKIのアクティブワークスーツに関するビジネスモデルキャンパスを作成してみると、下記のようなかたちとなります。

特に重要であると思われるのが、ビジネスモデルキャンパス内の赤字の箇所となります。

今回の新商品は、スーツを着ない(着なくなった)顧客が購入しているという点です。つまり、需要を喪失した顧客と、これまで紳士服またはAOKIと接点のなかった顧客を獲得していることになります。

更に、ECを経由して購入しているということで、ECサイト自体の活性化にも繋がっています。このことにより、新たなマーケティングデータを獲得することもできていることでしょう。これはAOKIの今後のWEBマーケティング戦略にも好影響を与えます。

小売業に関係している人はよくご存じでしょうが、新規顧客の獲得にはどの企業もかなりの労力を投下しており、既存顧客の維持よりも遥かに手間と時間と費用がかかることを理解しているはずです。
ましてや、新規にECサイトを開設しても利用者が増えずに伸び悩み、更なるコスト増に苦しむ企業が多いため、自社ECサイトの活性化施策に苦慮するEC担当者も沢山いるはずです。
今回のAOKIのアクティブワークスーツのヒットは、丹念な社内ヒアリングと顧客の声を丁寧に集めたことが要因であるようです。

昨今の小売業は、やたらとデータと机上の戦略に陥りがちなところがありますが、データと戦略のみでは顧客の潜在需要が掴み切れません。
そのため、かつては業界No.1企業だったにもかかわらず、データと分析に頼り切ることで競合他社の先行を許し、常に競合他社の二番煎じの対策しか打てなくなったことで、ズルズルと業界内の順位を下げていくという企業も存在します。

勿論、データや戦略が悪い訳ではありません。それに頼り切り、現場軽視と現場感覚を喪失した結果、顧客意識との乖離を招いているという自覚に欠けている場合が、企業の危機に陥る結果を生じやすいという話です。
AOKIは、そのような「小売りの罠」にハマらず、既存ビジネスモデルを鮮やかに塗り替える商品を提起することで、これまでのAOKIと紳士服業界の常識を打破する結果をもたらした一例ではないでしょうか。

 

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