電車運賃とLTV~ 顧客との接点を創生する ~

2020年より発生したコロナ禍によって利用者減と運賃収入の低迷に苦しんでいた鉄道業界で、新たな戦略が生まれてきています。

お得な電車運賃 新たな利用客の獲得なるか 【ネタプレ社会部】

私がお伝えしたいのは「電車運賃がお得な理由」です。

東京メトロは、来月1ヶ月間2000円を事前に支払うと土日祝日が乗り放題になる新しいサービスを実施します。

小田急電鉄も先月からICカード利用の子ども 運賃を50円にするなどコロナ禍で利用客が減る中お得な取り組みが相次いでいます。

ポイントはこちら「お得な電車運賃新たな利用客の獲得なるか」注目です。

東京メトロでは、土日・祝日の利用者が平日より少ないため、乗り放題のサービスによって休日の利用客を増やす狙いがあります。ゴールデンウィークを含む1ヶ月間の利用状況を見て今後も実施するか検討するということです。

また小田急電鉄の子供運賃50円の取り組みは子育て世帯を応援し、沿線に愛着を持って将来の居住地に選んでもらうことを目的としています。鉄道会社が、お得なサービスを次々と始める背景にはこれまでとは違う新たな利用客を開拓する狙いがあるようです。

(フジテレビ社会部・滝澤教子)

(2022年4月5日 FNN プライムオンライン 配信記事)
https://www.fnn.jp/articles/-/342511

鉄道会社は、基本的に顧客へ移動手段を提供することで、収益を得ています。

だからこそ、「移動」が発生しない状況では収益が確保できません。

今回のコロナ禍での鉄道会社の問題は、顧客の移動が制限されたことで収益を獲得する手段を失ったということです。

鉄道会社の利用者構成比として大きいのは通勤客だと思われますが、今回のコロナ禍を経て、先端的なビジネスモデルを持つ企業は、本格的なテレワーク導入が完了しているため、今後もテレワークを廃止することにはならないでしょう。

そのため、今後コロナ禍の問題が収束したとしても、かつてのような通勤による顧客数の大幅な増加は見込めない可能性が高いと言えます。

もう一つ、利用者構成比として大きいのは、学生通学客だと思われます。ただ、こちらも少子高齢化の影響で徐々に利用者が減少していく可能性が高く、通勤客同様に大幅な顧客増は望めない状況でしょう。

そうなると、必然的に顧客数を伸ばせる見込みがあるのは、通勤・通学以外の利用者ということになります。一般的には、レジャーやショッピングなどの遊興関係による利用が該当するでしょう。

そのため、遊興目的の顧客をいかに獲得するかが、今後の鉄道会社の収益に響いていくことが想定されます。

この辺りを、フレームワークで整理してみます。

用いるフレームワークは、LTVです。

一般的に、鉄道会社の利用者年代構成はこの3区分に分かれると思われます。

そして、その利用方法は世代別で下記の通りになるのではないでしょうか。

① 0歳~22歳:高校や大学、場合によっては小学生や中学生が通学で利用する
⇒ 利用頻度…高め
顧客単価…低単価の子供または学割料金

② 22歳~65歳:企業への通勤として利用
⇒ 利用頻度…高め
顧客単価…高単価の通勤料金

③ 65歳以上:通院に利用
⇒ 利用頻度…中程度
顧客単価…低単価の通院料金(シルバーパス等)

ただ、このような状況は2019年までで、コロナ禍が始まった2020年からは下記のようになります。

① 0歳~22歳:高校や大学、場合によっては小学生や中学生が通学で利用する
⇒ 利用頻度…低め
顧客単価…低単価の子供料金

② 22歳~65歳:企業への通勤として利用
⇒ 利用頻度…中程度
顧客単価…高単価の通勤料金

③ 65歳以上:通院に利用
⇒ 利用頻度…低め
顧客単価…低単価の通院料金

コロナ禍の外出制限に伴い、①の通学客はリモート授業が主体となったため、利用頻度が低下しました。

②の通勤客は、テレワークを導入した企業は通勤を止めたため、利用頻度は中程度に低下しました。

③の通院客は、コロナ感染の恐れもあるため、利用頻度が大きく減少しました。

このように、コロナ禍以降は全世代において利用者が減少している傾向がみられます。

コロナ禍が収まれば、①の通学客③の通院客は利用者が戻ってくる可能性がありますが、②の通勤客はテレワークの普及もあり完全に戻ることは考えられません。

そのため、今後の通勤客の減少分を補う方策を、今から検討しておく必要があります。

そこで目をつけたのが、遊興利用者ということなのでしょう。

この利用者は年代に関係なく集客できますし、飲食や買い物が発生すると客単価も大きくすることができます。

前述で、「鉄道会社は、基本的に顧客へ移動手段を提供することで、収益を得ています。」ということを記載しましたが、今回の鉄道会社の試みは、「移動」を「誘導」することを目的としているのが特徴的です。

これまでの待ちの営業から、攻めの営業に転じようとしているということです。

ただ、移動手段を提供することで収益を獲得してきた鉄道会社が、料金の割引競争に走ってしまっても経営が維持できるのかが、疑問に感じるのではないでしょうか。

単純に割引競争を行うだけでは、たとえ利用者が増加したとしても収益力は落ちますし、場合によっては割引前よりも収益が減少する可能性すらあります。

そこで重要なのが、沿線の魅力を高めることです。

そもそも利用者を獲得するためには、集客ができるだけの魅力的な沿線である必要があります。

用事も目的もないのに鉄道を利用することを促しても、顧客にとってメリットがないため、利用者が増加しないのです。

そのためには、鉄道会社は顧客との接点を増やし、なおかつわざわざ遠方から足を運びたくなるような場所を作るか、既に存在していて魅力のある施設を宣伝しなければなりません。

ここで一つ、鉄道会社の戦略的な取り組み事例を考えてみます。

前述の記事にも出ていた神奈川県の小田急電鉄社では、現在観光地を巡るお得なフリー切符を販売しています。

丹沢・大山フリーパス
https://www.odakyu-freepass.jp/tanzawa/
(小田急電鉄社 ホームページ)

こちらは温泉・山登り・パワースポットといった名所がある丹沢・大山地域の各地にある、小田急関連の交通機関を、1泊2日で乗り放題にするというフリー切符です。

沿線のグルメスポットとも提携して、フリー切符を利用することで割引を受けることも可能になっています。

この地域にある大山阿夫利神社は、2200年より前 に創建された歴史ある神社で、あめふり山としても知られています。江戸時代は大山詣りが栄え、年間で数十万人もの人が参詣に訪れていたそうです。そして現代においても非常に強力なパワースポットとして、知る人ぞ知る神社でもあります。

大山阿夫利神社

http://www.afuri.or.jp/
(大山阿夫利神社 ホームページ)

また、同じ山にある大山寺は、755年に創建されたお寺で、関東三大不動尊と言われるほど、名高く歴史あるお寺です。もみじ寺としても有名で、紅葉の季節には多くの観光客で賑わいます。護摩焚きもかなりの迫力があり、国宝などの歴史的な建造物も多いお寺です。

大山寺

https://oyamadera.jp/
(大山寺 ホームページ)

そして、この山の近隣には多くの宿坊があり、宿坊によっては名水仕込みで滑らかな食感と繊細な旨味のある、地元名物の大山豆腐が食べられます。

古宮旅館

https://tofu-komiya.com/food.html
(古宮旅館 ホームページ)

これらの観光資産を有効活用して地域全体の経済活性化を促すのが、小田急電鉄社の戦略の一つなのです。

ではなぜ、地域経済の活性化が戦略になるのでしょうか。

鉄道沿線における魅力の一つは、観光地です。

そして、もう一つ重要なのは沿線に働ける場所があることです。

今、なぜ小田急電鉄社が地域振興に取り組んでいるのかというと、地域経済を観光で盛り上げて雇用の場を確保することで、住民の定着と沿線人口の増加を目指すためです。

これまでは、鉄道は移動手段を提供することができれば、十分な収益を得ることができました。そのため都市部との結節点として鉄道を運行していれば、問題なく経営ができていた訳です。

しかし今回のコロナ禍によって、その前提が崩れてしまいました。

今までのように、都市別への結節点としての鉄道だけでは、利用者が見込めなくなってしまったのです。

だからこそ、既存の利用者をできる限り維持すると同時に、沿線の地域振興を図ることで、沿線住民の流出を抑制し、愛着を持って鉄道を利用し続けてもらうことが経営においても大切であることになりました。

そこで小田急電鉄社は、かつての私鉄のオーソドックスな沿線開発手法である住宅地開発とはまた異なる戦略で、沿線の魅力を高めて顧客のLTVを最大化させる方向に舵を切ったのです。

地域インフラとして活躍する鉄道会社は、アフターコロナ時代には地域経済を活性化させて繁栄させるという役目も新たに担っていくことになるのではないでしょうか。

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