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Case Study

コロナ時代 ブランドの「選択と集中」で経営革新 <後編> ~資生堂 パーソナルケア事業ブランドを売却~

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前編では、資生堂の日用品(パーソナルケアブランド)事業の売却は、「選択と集中」によるブランド戦略展開であるという結論付けを行いました。後編では、「選択と集中」というブランド戦略が正しいのかを検討していきたいと思います。
まず結論から申し上げますと、このご時世において非常に危険な戦略を選択した恐れが高く、将来に禍根を残すのではないだろうかと思える点があります。その理由を、ブランドによる顧客生涯価値の視点で説明していきたいと思います。

「選択と集中」を行って成功した企業というのは、基本的に機械メーカー(特にBtoB企業)に多いようです。BtoB企業は、もともと顧客との接点が限られており、取扱金額が大きく、なおかつ長期的な取引を行うことが多いです。企業は長期的な取引を通じ、メンテナンス作業や技術的な開発要請などを行い、お互いの関係性を構築します。そのため、相互に余程の不祥事でも起きない限り、ブランドのスイッチングコストを高めてまで一旦構築した関係性を壊すことは限りなく考えにくいです。

では、資生堂はBtoB企業でしょうか?違いますよね。資生堂は、基本的にBtoC企業です。BtoB企業とBtoC企業の最大の差は、マーケティングやブランディングにかけるコストです。つまり、BtoC企業において成功するためには、少しでも多くの顧客体験価値を創造できるブランドとの接触面を戦略的に設けていくことが肝心です。
では、前編でも提示した資生堂の今後の戦略方針を、再度見直してみましょう。

この図からわかることは、資生堂は今回の「選択と集中」により、低単価商品を購入していた顧客との接点を喪失したことになります。
これは何を意味するのでしょうか。それは、資生堂ブランド全体から見るLTV(ライフ・タイム・バリュー/顧客生涯価値)の関係性を俯瞰するととてもわかりやすくなります。

現状の資生堂の商品構成においては、低単価商品を通じて顧客設定を作り、将来的な高単価シフトに向けて、顧客への導線が資生堂ブランド全体で設計されています。これはファッションブランドでもよくあるブランド構造で、年齢や志向に分けて(セグメントして)ブランド化をする手段です。アパレル企業のワールドでは、かなり細かく顧客をセグメントし、その属性にあったモノづくりをしています。
では、今回の日用品(パーソナルケアブランド)事業の売却によって、このLTVがどのように変化するのでしょうか。変化後のLTVは、下記の通り推測ができます。

ご覧の通り、日用品(パーソナルケアブランド)事業の売却によって、将来的に資生堂ブランドの顧客となる可能性がある年齢層とのコンタクトポイントを切り離してしまいました。そのため、今回のパーソナルケアブランド事業の売却は、将来的に禍根を残す恐れがある戦略と考えられます。

また、今回の選択は販売側にも負の印象を与える恐れがあります。それは、小売業特有のリベート販促という店舗活性化を促すプロモーション施策です。
小売業の店舗では、複数ある商品に対して、顧客購買単価と買上点数の両方を重視する傾向があります。基本的に、両方を達成するのは難しいものです。その理由に、顧客購買単価が上昇する場合、自然と商品買上点数は少なくなるためです(逆に、買上点数が増えると顧客購買単価が落ちます)。この矛盾した問題を解決する方法が、リベート販促なのです。
これは、複数アイテムを併売することで商品単価を割引し、顧客買上点数を増やすという販売促進手法です。特に複数のカテゴリーをまたがってクロスリベートによる販売促進を展開することで店舗全体の売り場活性化が図られ、プロモーション戦略としては高い成果を収める可能性があります。
しかし、今回の資生堂のパーソナルケアブランド事業売却により、今後はクロスリベートによる販売促進施策は行いにくくなるでしょう。これは、店舗でのプロモーション戦略の幅を狭めることとなり、販売店側の全社的マーケティング戦略を縛る要因ともなります。つまり、競合企業にとっては最大のチャンスです。

仮に、競合企業が強力なクロスリベートを販売店側に提案した場合、販売店は資生堂よりも競合企業のほうにより注力したプッシュ型のプロモーション戦略を展開することになるでしょう。いくら顧客支持があって品質の高い商品を持っていても、販売店側に協力してもらえないと、結果的に商品が売れていかないという縮図です。

推測ですが、恐らく今回のパーソナルケアブランド事業の売却によって、花王・カネボウ連合やP&G・マックスファクターが販売店側にクロスリベートによる販売促進施策を仕掛けてくるでしょう。その結果、今後資生堂は有効な対抗策を失うことはどなたでも考えがつくかと思います。
そして、高級品は商品回転率が悪く販売効率が悪いため、販売店側にとってはあまり注力しないカテゴリーでもあります。さらに、同カテゴリー内でのリベート販促は、店舗棚割り面積が限られていることもあり、一定程度を超えると全体的なマーケティング戦略の効果が利きづらくなっていきます。そのため、リベートを出した側(この場合は資生堂)が、想定に見合った効果が出ないという悪循環になる恐れがあります。

また、グローバル市場では高級化粧品はシャネルを含めても強力な企業が複数存在しています。国内においても、花王・カネボウ連合やコーセー、オルビスなどの強みを持つ競合企業が存在するため、資生堂が勝ち抜くことも容易な状況ではありません。

このように、「選択と集中」という戦略は、BtoB企業かBtoC企業なのかによって、意味や効果が大きく変わってくるのです。勿論、今回の資生堂のパーソナルケアブランド事業売却という「選択と集中」という判断は、短期的な戦略としては収益改善効果が見込めるため、理屈としては正しい戦略です。ただし、資生堂ブランド全体として長期的な目線で見た場合、将来顧客との接点を喪失したことで、今後の資生堂の経営体力を弱らせていく諸刃の剣という面も併せ持っていることが明らかになりました。
また、今回の感染症問題によって市場そのものが蒸発した場合、航空事業会社のように「選択と集中」によって選択肢が無くなり、会社そのものが危急存亡の危機にさらされる恐れが高くなります。
実際に、航空関連事業は今回の感染症問題の影響を受けて、「選択と集中」で喪失した選択肢を再び増やす試みを必死に続けています。そのため、資生堂の今回の戦略は、企業としての選択肢を失うものであり、現況においては危険な賭けという捉え方をすることもできるのではないでしょうか。

これまでの内容をまとめると、ブランド経営を考えたとき、自社の取り扱う複数のカテゴリーブランドの成長性を端的に儲けの結果、数字で判断できないことを理解して頂きたいです。会社全体で見たとき、各ブランドがどのように関係し、どのような顧客を囲い込んでいるのか、部分最適でなく全体最適でブランドを管理する必要があります。
これは、マーケティングの目的である顧客の生涯価値を戦略的に設計しているか否かでしょう。マーケティングを単なるプロモーションと考えていると誤った経営判断をしてしまいます。今回の資生堂がおこなった「選択と集中」による経営判断は、ブランドを会社事として管理していないために、この経営意思決定に反論する役員もいなかったのではないでしょうか。見た目の売上高や粗利貢献度が低くても、実は顧客創出のために貢献している事業や商品というものが企業内には多く存在しています。ブランドとして、顧客接点を築くには膨大な時間や費用がかかりますが、失うのは実に簡単で一瞬のことなのです。

繰り返しになりますが、BtoC企業は顧客とのブランド接点を少しでも多く確保して販売につなげることが最重要課題であり、もしもそれができなくなった場合、残念ながら企業としては顧客の生涯価値を継続的に築いていくことは難しくなるでしょう。財務的な数字も重要ですが、現場の意見や顧客の視点に立って意思決定を下し、ブランドを継続的に成長させていけるブランド経営を試みてください。

 

武川 憲(たけかわ けん)執筆
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパート認定トレーナー
株式会社イズアソシエイツ シニアコンサルタント
MBA:修士(経営管理)、経営士、特許庁・INPIT認定ブランド専門家(全国)
嘉悦大学 外部講師

経営戦略の組み立てを軸とした経営企画や新規事業開発、ビジネス・モデル開発に長年従事。国内外20強のブランド・マネジメントやライセンス事業に携わってきた。現在、嘉悦大学大学院(ビジネス創造研究科)博士後期課程在学中で、実務家と学生2足のわらじで活躍。
https://www.is-assoc.co.jp/branding_column/

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