Case Study

「イノベーションのジレンマ」を「両利きの経営」で乗り切る~コダックVS富士フイルムの事例に学ぶ

投稿日:2020年4月20日 更新日:

時として業界をリードする優秀な大企業が、革新的な技術を持った新興企業になすがままに敗れ去ることがあります。ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授は、このことを「イノベーションのジレンマ」という概念で説明しました。一言でいえば、抜本的なイノベーションを行うか、既存技術の延長路線で行くか、という戦略の間でジレンマに陥ってしまうことを指しています。今回は写真フィルムで高収益を上げていたコダックが、デジタルカメラという革新的な技術により敗れ去り、かたや富士フイルムは「両利きの経営」という手法でイノベーションのジレンマを見事に乗り切った事例を紹介します。

イノベーションのジレンマとは

まずは「イノベーションのジレンマ」について説明しましょう。
優秀な大企業は既存の商品に関して持続的なイノベーションを行って高い収益を上げているがゆえに、かえってひょっこりと現れた破壊的なイノベーションに遭遇した場合に、収益率の高い既存の商品とのカニバリズム(共食い)を恐れ、また既存の商品に比べて市場規模が小さいがゆえに、破壊的なイノベーションを軽視してしまいます。

また優良企業は顧客や株主に忠実だからこそ、持続的なイノベーションを愚直なまでに重ね、やがて顧客のニーズを超えてしまいます。ところがその間に空白地帯が生まれ、顧客はそれまで魅力の少なかった破壊的なイノベーションに注目するようになり、やがてそれは広く浸透し、既存の商品にこだわった大企業は退出せざるを得なくなるというわけです。

カイゼンという「持続的イノベーション」、電気自動車という「破壊的イノベーション」

カギは「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」です。持続的イノベーションとは、既存の商品に改良を加えることです。これはもちろん大切なことで、トヨタ自動車は「カイゼン」という持続的イノベーションによって世界に冠たる自動車メーカーになりました。

しかしそこにひょっこり、テスラのような新興企業が電気自動車という、既存のガソリン自動車を「破壊」してしまうような破壊的イノベーションが現れるわけです。その時、トヨタ自動車が仮に電気自動車を、収益が低くカニバリズムを起こしてしまうからといって無視していると、ひょっとしたらトヨタ自動車もイノベーションのジレンマに陥ってしまうかもしれません。

このようなイノベーションのジレンマに陥ってしまった企業はたくさんあります。アメリカDVDレンタルショップのブロックバスター社は、ネット配信のネットフリックスの前になすすべもなく敗れ去りました。そして今回紹介するのが、デジタルカメラという破壊的イノベーションの前に敗れ去ったコダックの事例です。

巨人コダックゆえの転落

イーストマン・コダックは世界で初めてロールフィルムおよびカラーフィルムを発売したメーカーで、1963年ころにはすでに4,000億円を売り上げ、270億円ほどの富士フイルムとは10倍以上の開きがありました。富士フイルムの古森重隆会長によると、コダックは写真フィルムに必要な銀とゼラチンを確保するために、銀山や牧場を自前で保有していて、その財務の力の差に驚いたそうです。
カメラのシャッターチャンスのことを「コダック・モーメント」と呼ばれるほど、写真フィルム=コダックというブランド想起がなされていました。カラーフィルムにおいてはコダックのほかには富士フイルム、コニカ、アグフア・ゲバルトの3社しか追従できませんでした。ブランド、技術、財務のすべてにおいて、他社をリードしていたのがコダックだったのです。

その後富士フイルムの猛追を許したものの、2001年にはコダックのシェアは36%、富士フイルムのシェアは37%とほぼ互角でした。
それが2012年、コダックは経営破綻したのです。一方の富士フイルムは売上2兆2,147億円(2013年3月期)を達成しました。

両社を分けたのはデジタルカメラへの対応です。実はコダックは世界で最初にデジタルカメラを開発した企業でもあります。しかし紆余曲折あったものの、最終的には本格的に事業化しませんでした。デジタルカメラを開発した技術者に対して、経営者から返ってきた言葉が「面白い。でも誰にも口外するな」だったという有名なエピソードがあります。コダックは写真フィルムで巨額の収益を上げていたからこそ、カニバリズムを起こしかねず、また性能的には未熟なデジタルカメラを軽視したのです。まさに「イノベーションのジレンマ」に陥ったといえるでしょう。

富士フイルムは「多角化経営」ではなく「両利きの経営」?

一方、富士フイルムはデジタルカメラをはじめ、医療用画像システムから化粧品まで多彩な製品を投入することで本業消失の危機を乗り越えました(参考 アンゾフのマトリクスとは? 富士フイルムの事例に学ぶ)。富士フイルムはいかにして「イノベーションのジレンマ」を乗り切ったのでしょうか。

富士フイルムは一見多角化経営を行ったように思いますが、『両利きの経営 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』の共同著者マイケル・L・タッシュマンによると、「富士フイルムが実践したことは、事業の多角化に見えるかもしれませんが、実際は違います」と話しています。多角化経営ではなく、「両利きの経営」だというのです。

ここで「両利きの経営」という言葉が出てきました。両利きとは、「成熟産業における深化」と「新規産業における探索」の両方を同時に行うことです。いいかえれば、成熟産業でも踏ん張りながら、新しい事業を見つけていくことです。
言葉でいうのは簡単ですが、どのように行えばいいのでしょうか。

キーワードは「ケイパビリティ」

タッシュマンは次のように言っています。

「もともと富士フイルムにはコア事業であった写真ビジネスを遂行する組織能力(=ケイパビリティ)がありました。その組織能力を分析・再定義して『この技術はこう使える』『この人材はここへ使える』と新領域を開拓していったのです」(出典=富士フイルムは両利きの経営 ハーバードが見た開拓力)

富士フイルムもコダックと同様に、写真ビジネスを遂行するケイパビリティを重視していました。富士フイルムの古森会長によると、デジタルカメラの台頭に対抗するために、①デジタル技術の自社開発を進める、②感光材料事業の寿命を伸ばす、③新規事業を開発する――という3つの戦略を採りました。つまり、既存の成熟産業を引き続き深化させながら(=②)、新規事業を探索する(=③)という、「両利きの経営」を行ったのです。

写真ビジネスを遂行するケイパビリティに、例えばフィルムの酸化を防止する技術があります。富士フイルムはその技術を深化させたからこそ、肌の老化防止の化粧品「アスタリフト」を開発することができました。
つまり、既存ビジネスのケイパビリティを新規ビジネスに生かすことが「両利きの経営」といえます。これは「イノベーションのジレンマ」を提唱したクレイトン・クリステンセンの解決法、つまり新規ビジネスの組織を既存ビジネスの組織から分離させるという考え方とは対極にあります。

自社の強みを新規事業に生かす

既存のケイパビリティを生かすか、別の新規事業をスピンアウトさせるのか、議論が分かれるところです。しかしネット通販や音楽・映画配信、シェアリングサービス、サブスクリプションビジネスまで、破壊的技術に脅かされている企業はたくさんあります。自社のケイパビリティ―例えばそれは技術であったり、顧客接点や業界知識であったり、立地条件だったりします―を必死に考え、深化させながら、新規事業を探索する必要があるでしょう。

 

BRANDINGLAB編集部 執筆
株式会社イズアソシエイツ

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