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後発ブランド“楽天モバイル”の本当の狙い  ~楽天ブランドから学ぶ業界常識の破壊を考察~

投稿日:2020年12月10日 更新日:

昨今、日本政府の要請で携帯電話企業は利用料金を引き下げるように求められています。携帯大手3社であるドコモ、au、ソフトバンクは利用料金で収益の大半を稼いでいるため、料金引き下げは業績の悪化に直結し、場合によっては経営が成り立たなくなる恐れすらあります。そんな渦中、後発で携帯市場に参入した楽天モバイルにとってはかなり厳しい要請になるのではと想像しがちです。

https://network.mobile.rakuten.co.jp/
(楽天モバイル ホームページ)

しかし、これを一歩引いて“EC関連総合サービスを展開する大手企業の楽天グループ”として見ると、携帯でマネタイズすることに固執する必要がないことが分かります。そう思わせたきっかけが、遡ること11月に発表されたM&Aです。

KKR・楽天、西友に出資発表 両社で85%取得
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66257430W0A111C2I00000/
(日本経済新聞 ホームページ)

今回のM&Aにより、楽天のデジタル戦略が更に進展していくことになる見込みです。
楽天は、上記記事に掲載されている通り、インターネット関連企業だけで70以上の事業をグループ化しており、グループ経営のメリットを最大化させるブランド戦略を志向している企業です。

ところで、今回楽天がM&Aに参加したのは小売業態です。ECを主戦場とする楽天では違和感のある組み合わせと思えます。しかし、近いもので考えれば、競合企業のアマゾンでは、スーパーマーケット大手のライフコーポレーションと生鮮食品の配送に関する関係を強化しています。では楽天の場合、何が目的となるのでしょうか。既存ビジネスとの親和性があるネットスーパーの展開拡大等も考えられますが、果たしてそれだけが狙いなのでしょうか。

楽天西友ネットスーパー
https://sm.rakuten.co.jp/
(楽天西友ネットスーパー ホームページ)

ここで、改めて「小売業」の商売構造について考えてみましょう。
小売業は、仕入れた商品をできるだけ早く売り切り、回転率を可能な限り上げていくことが鉄則です。そして、このオペレーションをできる限り簡易・低廉化し、商品販売単価と商品仕入単価+オペレーションコストの差を拡大させ、利益を最大化させることで収益を成り立たせています。

小売業のオペレーションで重要となる要素の一つに「物流」があります。小売業のビジネスにおいては、物流が弱い企業は根本的に競合他社に勝てない理由があります。それは、いくら魅力的な商品を調達したところで、その商品が顧客の望ましいタイミングで届かなくては、全く意味がなくなってしまうためです。また、物流コストがオペレーションコストとして過大になる場合、当然ながら収益の圧迫要因となります。
楽天は、これまでに何度か自社で物流を行うことを試みましたが、現状ではまだ道半ばというところ。その背景に、物流はゼロベースで始める事業としては非常に手間がかかるうえ、人員の確保や管理も負担となります。また、物流独特のノウハウの取得ができるまでには、相当な時間と費用を要することが想像できます。

他方、EDLP(エブリデイロープライス)を基本戦略として掲げる西友では、既にそのような小売業の統合的なオペレーションが確立しているため、ゼロから物流を構築するよりも遥かに時間が短くて済みます。そのため、今回のM&Aによって楽天の物流機能が早期に向上することへの期待が容易に想像できます。

更に、グループ戦略で欠かせないのが携帯電話事業への進出です。
改めて、楽天はEC関連のサービスを幅広く展開しておりますが、携帯電話事業となる“楽天モバイル”は、それらのサービスの利用ポータルとして活きてくることが想像できます。つまり、楽天ブランドが提供するあらゆるサービスを携帯電話というブランドタッチポイントを用いて、楽天カードで楽天の商品注文を済ませたり、楽天証券の取引を行い、楽天銀行で決済処理を任せたり、ネットスーパーを利用し購入するなど、多方面にある楽天ブランドのサービス利用がこの携帯電話事業で賄うことができます。

そのため、楽天としては携帯電話事業での収益性はあまり気にする必要がありません。
むしろ戦略的に携帯電話の利用料金を大手3社より引き下げることで携帯電話の利用者を増やし、その結果、自社サービス利用会員を増やすことで、楽天ブランドが提供する多面的なサービスの利用や商品購入頻度を高めることができれば、それで十分マネタイズができることとなります。恐らく、楽天側は、携帯電話事業は赤字にならなければ、それでいいと割り切って考えているのではないでしょうか。
改めてこう見ると、日本の携帯電話事業の競合企業となる大手3社で、ここまでグループによる顧客の囲い込み型経営ができている企業は、現在は存在していません。

そこで、ここまでの楽天の動きについて、アンゾフの成長戦略マトリクスを使いフレームに落とし込んでみます。

携帯参入前は、それぞれのビジネスの連携がとり切れておらず、個々のサービスでの独立性が高い反面、顧客への囲い込みが難しい状況になっていました。
楽天ポイントによる連動販促はできるものの、比較的それぞれの事業で独立したかたちでのサービス提供となっており、グループ経営としてのブランドシナジーは、まだまだ積み増しできる余地があると思える状態だったのです。
そのため、多角化による成果を結ぶための戦略が必要となっていました。それを解決する一手が、今回の携帯電話への参入だったと紐づけてもおかしくないと考えられます。

携帯参入後は、上記の図のように個別提供していたサービスで仲介窓口となる媒体(携帯電話)ができたため、ここを軸に複数のサービスを跨ぐ販促活動が可能になりました。
いうなれば、パソコンのポータルサイトを携帯電話で代替しているようなものです。
携帯電話が仲介役となることで、それぞれのサービスを連動させて顧客の利便性やサービスの入手容易性を高め顧客の多くの不満を解消し、囲い込みに有利な状況(流通)が生まれたと言えるでしょう。

仮に、もし携帯電話への参入ができていない状態の場合、西友へのM&Aは既に行っているネットスーパー事業の強化だけにとどまり、業績や事業の可能性を広げることに対しては、限定的な効果でしかなかったのかもしれません。しかし、携帯参入後では、顧客囲い込みのための有効なツールがまた一つ増えたことを意味し、顧客が他の楽天ブランドと接触する機会を拡大させる効果が以前とは比較にならないほど高まったということです。当然、グループの各社は、顧客と接触できるブランド・マルチ・タッチポイントを活用し、シナジー効果生み出して行けることは想像がつきます。グループ経営として、楽天ブランドのシナジー効果の最大化を狙ったこのブランド戦略は、創業20年弱で1兆円企業となった楽天グループの凄さを、改めて感じさせるものだと思いました。

楽天は、これまで携帯大手3社が築き上げた業界の常識(特に価格常識)を破壊するでしょう。あえて言うならば、携帯電話業界で初めて、携帯電話で儲けることを主眼していない会社で、異色な新規参入企業になるでしょう。
ただこれを、対岸の火事として見ないほうが良いかと思います。楽天のように、その主となるカテゴリーで成り立っている産業、業界において新規で参入し、そのカテゴリーでマネタイズせずとも他でマネタイズできる仕組みができていれば、価格の魅力で顧客をごっそり囲い込みしてしまうパワーがあることを認識することです。皆様が提供する商品やサービスに愛着や忠誠心を持ってファンになってくれている顧客や消費者が、簡単にブランドをスイッチしないかもしれませんが、本質的に価値が変わったときにはこれまでのビジネスが成り立たなくなるケースは皆様の業界で起きてもおかしくありません。
ですので、ブランド戦略に取り組むとき、決して近視眼ではなく、広く市場を俯瞰し、遠くにいる見えない間接的な競合がいないか確認してください。その見極めポイントは、いかに顧客・消費者の本質的な不満を理解できているかです。この顧客・消費者の「不」を解消できる企業こそ本当の競合です。一方的に自社の商品を売り込むプロダクトアウトの発想は早く脱却し、視点を変えてブランド戦略に取り組んでください。

武川 憲(たけかわ けん)執筆
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパート認定トレーナー
株式会社イズアソシエイツ シニアコンサルタント
MBA:修士(経営管理)、経営士、特許庁・INPIT認定ブランド専門家(全国)
嘉悦大学 外部講師

経営戦略の組み立てを軸とした経営企画や新規事業開発、ビジネス・モデル開発に長年従事。国内外20強のブランド・マネジメントやライセンス事業に携わってきた。現在、嘉悦大学大学院(ビジネス創造研究科)博士後期課程在学中で、実務家と学生2足のわらじで活躍。
https://www.is-assoc.co.jp/branding_column/

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